美肌と仕事
―日経新聞2006年5月30日 夕刊 生活欄「ワーキング ウーマン」より―
美容に余念がないワーキングウーマンが目立ち始めた。
気分転換になるほか、美肌は自己管理ができている証拠とする見方が広がっているためだ。
ここ数年のアンチエイジング(抗加齢)ブームも背景にある。
仕事を有利に進めようと彼女たちが実践するあの手この手とは。
「見た目がすべてではないが、
PRという職種柄はつらつと見えることも仕事のうち」
と語るのは都内のPR会社に勤めるA子さん(33)。
美容アドバイザー、佐伯チズさんら複数のノウハウを取り入れ、自分なりの美容法を生み出した。
化粧水、美容液といった一般的な手入れをタイマーで時間を計りながらこなすだけでなく、
週3回の毛穴パックも欠かせない。
電気分解の仕組みを利用し、保湿成分を浸透させるスプレー式の美顔器も必需品だ。
喫煙者でお酒も飲むが、「不摂生なイメージは与えたくない」。
美容皮膚科で受け入れなども含めると美容には月平均10万円を投じている。
努力のかいあって、ファンデーションを使う必要がないほどきめ細かな肌だ。
「社交辞令かもしれないけどれど、取っつきにくそうな顧客にほめら場が和むと感じることも」。
女性がいれば「どんな化粧品を使ってるんですか」とたずねられ、
仕事を超えて話が弾むこともしばしばという。
ダイエットやメーク術に加え、肌への関心は高まる一方。
日本ケロッグ(東京・新宿)が昨年1月、
働く女性に実施した調査によると、「女性美で気をつけること」という問いに対し、
「肌の美しさ」と答えた人が84.4%とトップ。
「健康管理」や「内面の輝き」より多く美肌重視の傾向は強まっている。
対顧客だけでなく、職場内の居心地の良さを求めて美肌作りに励む人もいる。
「肌の調子がいいと気分が明るくなる周りに好印象を与えられるか、
仕事もはかどる気がする」
とほほ笑むのは千葉県のIT(情報技術)企業勤務、B子さん(28)。
小さいころアトピー体質だった。
社会人になってから顔や首にも湿疹(しっしん)ができてしまった経緯もあり、
人1倍肌には敏感だ。
B子さんも美顔器を使う入念な手入れはもちろんのこと、
ヨーグルトや納豆など肌にいいとされるものは毎日食事に取り入れる。
「気の重い仕事があるときは自分を奮い立たせるためにも手入れに励む」
そうだ。
肌に加え、細かな表情を追求する人も。
「フェイスニング」と呼ばれる表情筋を鍛える方法を習うのは千葉県の服飾店販売員、
C子さん(36)。
週一度、口角やあごなどの筋肉を上手に動かす指導を受け、家でも練習する。
筋肉を動かすことで皮膚の下の血行をよくして新陳代謝を促し、
肌のしわやたるみも改善する運動だ。
第三者に好印象を与える表情がいまひとつわからなかったというC子さん。
「ある日美容院の鏡に映った顔を見てショックを受けた。
口角が下がり気味で元気がないな、と」。
以降、口の両端に力を入れて上げ、快活な笑顔を心がけるようになった。
肌のたるみが解消された気がするうえ、
「笑顔でいるとお客さんに声をかけられやすいみたい」
と職場で思わぬ手応えも感じている。
立教大学現代心理学部の鍋田恭孝教授は「身ぎれいなのは自己管理能力の表れという
価値観ができつつある。
現代女性は生き方の選択肢が増え、年齢による役割に縛られなくなった。
社会で自己主張もできるようになり、
二十代までの女性に特権的だった美の追求も抵抗なくなった」と考える。
経済力を身につけ、美容に遠慮なく投資できる女性が増えたことも大きい。
ポーラー文化研究所(東京・中央)の北脇優為子さんは
「働く女性でも妻や母親役を期待され、美と若さも求められる時代。
手間暇かけたスキンケアは経済力や時間的余裕を手に入れた
自分を確認する作業でもあるのでは」
と話している。
表情筋を鍛える運動などが登場する中、日本人の顔はどのように変化しているのだろう。
「二十年以上前に比べ、豊かな表情が失われた」。
フェイスニング教室を開く美容研究家の犬童文子さんはこう指摘する。
「核家族で育った人が増えてコミュニケーションの密度が薄れてきたほか、
職場のIT化でパソコン画面を見つめ続け、
人と話さなくてもすむような環境ができたのが原因では」
と話している。
大阪樟蔭女子大学の村沢博人教授は男性の顔に注目。
1980年代、化粧アーティストの登場や男女雇用機会均等法施行により、
理想の男性像や役割は揺らいだ。
その影響で
「清潔な肌を目指し、まゆの手入れをするなど女性化が進んだ」
という。
女性の悩みは「目が小さい」といった顔の造作より、肌の質に移り変わったそうだ。